2026 年 01 月 06 日
AI 強国を目指す韓国の国家戦略とオープンソースエコシステム:Open Source Summit Korea 2025 現地レポート
2025 年 11 月 4 日、5 日に韓国のソウルで開催された Open Source Summit Korea 2025に参加しました。イベントと現地の様子をご紹介します。韓国は、AI 時代の競争力確保と、AI の活用・安全・倫理に関する基盤を確立するため国を挙げて AI とセキュリティの対策に取り組んでいます。韓国の AI 戦略をはじめ、Linux カーネルへの Rust 導入の背景など、現地取材で得た最新情報もお届けします。
Open Source Summit とは
Open Source Summit とは、The Linux Foundationが主催する技術カンファレンスです。
オープンソースに携わる開発者やコミュニティリーダーが参加し、基調講演やブレイクアウトセッションが行われます。
世界各地で開催され、日本でも 12 月に Open source Summit Japan 2025が開催されました。

基調講演の様子
Open Source Summit Korea 2025
主なトピックスは以下です。
主なトピックス
- AI
- RISC-V
- Web3 / ブロックチェーン
- Rust in Linux
- ライセンス / セキュリティコンプライアンス
- OSPO
- 法務
期間中は 5 つの部屋に分かれ、AI、RISC-V などの最新技術トレンド中心に、規制によるセキュリティ、ガバナンスの側面もカバーされたセッションがありました。全体を通して、AI 時代におけるオープンソースの中心的役割に焦点を当てられたセッションが多く、韓国の AI 戦略について語る中で AI を国家レベルの重要課題として取り組むことが強調されていたのが印象的でした。
次は AI エージェントの時代
Jim Zemlin 氏の Keynote では AI 市場の現状と将来の展望について語られました。
1. AI 成長の最大の制約は「電力とインフラ」
2025 年は AI への投資が爆発的に増加し、需要はほぼ無限大です。しかし、フロンティアモデルのトレーニングには巨額な費用が必要であり、AI データセンターのキャピタル支出増大と電力(エネルギー)の制約が、AI 成長を阻む最大の要因となっています。
2. オープンソースがインフラ効率最大化のカギ
この巨額なハードウェア投資を効率化し、AI の成長を継続させる鍵がオープンソースです。
- コスト効率 : GPT-4o や Llama などのオープンモデルは、フロンティアモデルと同等の性能を 90% 低いコストで提供し、トレーニング費用を引き下げます。また、一般的にオープンソースモデルは高いエネルギー効率を誇ります。
- ソフトウェアによる効率向上 : vLLM や DeepSpeed などのオープンソースプロジェクトが、推論効率や GPU 効率を大幅に向上させ、AI インフラの効率を最大化しています。
3. AI の「第三の柱」エージェントの出現
AI は「トレーニング」「推論」に続き、「エージェント」が第三の柱として登場します。
複数のエージェントが連携して長く思考するこの時代において、AI インフラへの需要はさらに指数関数的に増大します。Linux Foundation は A2A プロトコルなどの標準化を通じて、エージェントのデプロイコストを下げ、市場の効率化を推進することで、オープンソースが AI 時代を牽引していくと結論づけました。
韓国の AI 戦略
Keynote では、韓国大統領府の Jung-Woo Ha 氏 (Senior Secretary to the President for AI & Future Planning | AI Strategist | Policy Leader The Presidential Office of Rep. of Korea) が、韓国政府が AI を最優先の国政課題とし、「AI 強国」の実現を目指すという国家戦略や、K-AI プロジェクトについて解説しました。また、kt cloud の Jaesuk Ahn 氏 (CTO) は、オープンソースをイノベーションの戦略的基盤と位置づけ、クラウド、ネットワーク、AI を統合してグローバル競争力を確保する kt cloud の AI 戦略について紹介しました。さらに、韓国オープンソース協会 (KOSSA) の Hosung Shim 氏 ( 会長兼常勤副会長 ) も Keynote に登壇し、オープンソースの社会的・経済的意義や、政府支援を受けた AI 分野への展開、コミュニティを通じた AI 技術の普及の重要性について説明しました。
韓国が AI を国家戦略の最優先課題と位置づけ、インフラ、モデル開発、人材育成、そしてオープンソースを基盤としたエコシステム構築に注力していることがわかります。
1. 国家レベルの目標と戦略
- 目標 : AI を最優先の国政課題とし、「AI 強国」の実現
- 国家プロジェクト : グローバル水準の AI モデルを国内で構築するための K-AI プロジェクトを推進する
- 重点投資 : 高性能 GPU、学習用データ、世界最高水準の AI 人材との連携を集中的に提供する
- 社会基盤 : 開発された AI モデルは生態系全体で活用され、公共・産業分野での AI 大転換を推進し、AI 基本社会の実現を目指しており、国家 AI 戦略委員会を発足させ、活用・安全・倫理の基盤整備を進める予定
2. 通信・クラウド業界の戦略的基盤
- 統合インフラ提供 : kt cloud はクラウド、データセンター、ネットワーク、AI を統合的に提供する国内唯一のプロバイダーとして、GPU as a Service (GaaS) を推進し、AI サービスの拡張を図っている
- オープンソースの戦略的利用 : オープンソースを単なる技術ではなく、イノベーションを繰り返すための戦略的基盤と見なし、グローバル競争力確保に不可欠であると強調している
- エコシステム強化 : 学生や若者向けの学習機会の提供や、Linux Foundation との協業を通じて、持続可能で拡張性のある AI インフラエコシステムの構築に注力している
3. 経済・社会的影響とオープンモデルの重要性
- 経済効果 : AI 導入により韓国の GDP が約 4,760 億ドル増加し、生産性向上が期待されており、高齢化などの人口動態課題への対応にも AI が重要とされている
- オープンモデルの役割 : 生産性向上の恩恵を中小企業や起業家を含む経済全体に広げるには、オープンモデルの活用が鍵となり、オープンモデルは透明性や監査可能性を提供し、信頼性を高める利点がある
- 地域特性 : 文化や言語に特化したファインチューニングが重要であり、これもオープンソースの利点である
4. コミュニティと政府連携
- オープンソース協会 : KOSSA の役割 : 韓国で唯一のオープンソース関連団体(KOSSA)として、オープンソースを保護貿易主義が強まる中での自由貿易の役割を果たす重要な技術基盤と位置づけている
- 政府との協業 : 国家支援を受け、AI 関連の翻訳プロジェクトや AI センターの設立に関与するなど、AI 分野への展開を積極的に進めている
Linux への Rust の導入について
Greg Kroah-Hartman 氏の Keynote では、Linux カーネルに現在取り込まれている Rust コードの量は、C 言語のコードが約 3,500 万行あるのに対し、約 6.5 万行であると説明がありました。また、Linus 氏の対談や、Greg 氏の Keynote、セッションの中で Linux カーネルへの Rust の導入背景やメモリ安全性や保守性向上のメリット、導入に伴う議論や課題について触れられています。
1. Linux カーネルの継続的な進化と Rust 導入の背景
Linux カーネルは 35 年以上続く巨大なプロジェクトであり、創始者である Linus Torvalds 氏自身が「Linux は完成したわけではなく、常に進化し続けている」と述べているように、メンテナンスと新技術の導入が不可欠です。Greg 氏によると、長年 C 言語で開発されてきたカーネルに Rust 言語を導入する取り組みが約 5 年前 (2020 年 ) から始まりました。
Rust が採用された最大の理由は、安全性と保守性の向上、そしてカーネルの停滞を防ぎ新しい人材を取り込むことです。
- メモリ安全性の確保 : Rust はコンパイル時にメモリ安全性を保証するため、C 言語で発生しがちなメモリリークや競合状態などのセキュリティ問題を未然に防止し、脆弱性の発生率を大幅に減らすことができる
- 開発効率の向上 : コードの記述が簡潔になり、レビューが容易になることで、バグの発見と修正が効率化される。また、Rust は開発者にとって ” より楽しい ” 言語であり、保守者のモチベーション向上にも寄与すると言われている
導入時にはカーネルコミュニティ内で活発な議論や、一部のメンテナの離脱といった摩擦もありましたが、現在では Rust は実験的段階を超え、カーネルの正式な一部として定着しつつあります。
2. AI がもたらす次世代の展望と開発支援
Linus 氏は Dirk 氏との対談で開発における AI の活用について触れました。Linux カーネル開発コミュニティは、Rust による基盤の安全性を高めるとともに、AI を「新たなツール」として捉え、次世代の展望に対応しようとしています。Linus 氏は、AI の力を認めつつも、プログラマーの役割がなくなるわけではないと見ています。
- AI の役割 : AI はパッチ管理やコードレビュー支援に活用され始めている
- プログラマーの未来 : AI による生産性向上は、「開発者の人数を減らす」か「より多くの成果を出すか」の選択肢をもたらし、新しい世代のプログラマーには AI を支援ツールとして活用し、アイデアを形にする能力が重要になると期待されている
一方で、AI の活用には課題も伴います。AI によるインフラへの負荷や、誤ったバグ報告の増加などがあり、コミュニティはこれらの問題に対応しながら活用を進めています。Linux カーネルは、Rust という新しい安全な言語を取り込むことでその基盤を強化し、同時に AI を開発プロセスを支援する新たなツールとして取り入れながら、より安全で効率的なカーネル開発の未来を目指しています。Rust による堅牢化と、AI による生産性向上が、今後の Linux の進化を支える重要な柱となるでしょう。
基調講演や、ブレイクアウトセッションは、The Linux Foundation が YouTube にて動画を公開しています。
現地参加してみて
現地に赴いて参加することで、直接コミュニティに影響のあるメンバーに話ができたり、自身が携わるプロジェクトについて提案ができたりと、特別な経験をすることができます。
筆者はソフトウェアサプライチェーンセキュリティや SBOM の活用に興味があり、OpenChain プロジェクトの Japan Working Groupで活動しています。現地の OpenChain Korea Working Group の皆さんと交流することができ、非常に有意義な時間となりました。特に、韓国のオープンソースコミュニティと産官学連携については密に連携しており、日本でも課題となっている EU CRA などの法規制対応については OpenChain Korea Working Group も企業の対応支援に協力しているそうです。近年の法規制などで求められるサプライチェーンセキュリティ対策は、サイバートラストとしても貢献するべき課題として現在取り組んでおり、各種コミュニティや協議会と連携して法規制対応への一助となる活動を継続していく予定です。
また、サイバートラストは 2025 年 10 月に韓国にも拠点を置く Insignary 社との協業を発表しており、協業を行う上で韓国のオープンソース市場を知ることができたのはとても良い機会でした。
会場周辺の様子
開催地は、韓国ソウルの江南というエリアで、日本でいうと六本木や麻布台のような少し落ち着いたエリアです。クリスマスが近いということで、イルミネーションの飾り付けが始まっていたり、冬の音楽が流れていたりと、綺麗で過ごしやすい街でした。
会場は Grand InterContinental Seoul Parnas で行われました。観光地としても有名な COEX モールともつながっていて、ご飯に困らずとても助かりました。

Grand InterContinental Seoul Parnas

現代ソウルのツリー


会場


Open Source Summit Korea で出てきた韓国料理(おいしかったです♪)
おわりに
次回の Open Source Summit Korea も来年に決定しているようです。隣国でありながら、韓国のコミュニティとの交流の機会はこれまでそう多くなかったので、とてもいい機会でした。筆者の地元は九州なのですが、地元に帰省するのと変わらない時間で行ける韓国、是非参加してみてはいかがでしょうか。









